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第二章
十八杯目 部室と珈琲2

『部室作りと珈琲』
「お疲れーっす」
新入生歓迎会を1週間後に控えた日の放課後、武は一人で部室の扉を開いた。
部活動の入部届けを出してから数日、あれこれと皆で持ち寄った部室は色々なものが少しずつ運び込まれていて殺風景だった部屋もそれなりに部室らしいものになりつつある。
武とレオナルドが運び込んだ食器棚にも初日にカフアが用意していた食器の他にそれぞれが持ち寄ったマイマグカップやコーヒーを入れるのに必要な道具が綺麗に仕舞われている。
そうして充実した棚を見ていると苦労して運んだ甲斐があったなとしみじみと思ってしまう。
「ちょっと武、ぼーっとつったってないでドア閉めて下さる?廊下から雑音が入って、スーリーのバンド演奏が聞こえませんの」
不機嫌そうにあげられた声の先へ自然と武の視線が向かう。
そこには白いレースのテーブルクロスを広げた机にティーセットを並べて、優雅にティーカップを傾けるシャーロットの姿があった。
「スワーナのバンドって…」
目の前に広がる光景と鼻をくすぐる甘い紅茶の匂いに“ここは珈琲苦楽部じゃなかったのか?”と問いたくなるのをぐっと堪えたものの、“どこからそんな音楽が?”と思ってしまった質問が素直に武の口をつく。
「……」
武をにらみつけながらも、シャーロットは質問に答える代わりに大きく開いた窓を整った顎でくっと指してみせる。
よくよく耳を澄ませば大きく開け放たれた窓からかすかにドラムやギターの音楽が聞こえてくる。
スワーナ達が演奏しているのだろう。ここから音楽室までは校舎内を抜けて行くには少し距離があるものの、直線距離なら遠くはないし、穏やかに吹き抜ける春の風がちょうど風下にあるこの教室にその音を届けてくれている。
“そんなに好きなら直接聞きに行けばいいんじゃないか?”と言いたいものの、そう言えばきっとまた彼女の機嫌を損ねる事は分かっているので武は理解した、と小さく何度か頷いてそっと入ってきた扉を閉めた。
「武君、お疲れ様。コーヒー飲まれますか?まだ練習中なのだけど、カフアちゃんに教えてもらって、サイフォンでコーヒーを入れる練習をしていたの。あっコーヒー豆は先日支給された活動費で、セラードがバイト先から仕入れてくれて」
そう言ってパーテンションで遮った給湯コーナーから現れたのはリントンだった。
「あっお疲れ。今日はリントンも参加出来る日だったんだな」
スワーナのバンド演奏に耳を傾けながら優雅なティータイムの世界を堪能するシャーロットに再び怒られないよう、武は声を落としてリントンに挨拶する。
「はい、家から迎えが来るまでなので、居られるのはあと30分程ですけど。その間に少し調達出来たコーヒーやお菓子を片付けてしまおうと思って」
そう言ってリントンはバーテンションの向こうへと視線を送った。
どうやらコーヒー豆以外の物資もセラードが調達してきているらしい。
「じゃあリントンの入れてくれたコーヒー一杯ご馳走になったらオレも手伝うよ。今日はカフアはこれ来れないって言ってたし、セラードは遅れるってさっき教室で聞いたし、あとエスメラルダ姉弟もまだ来てないみたいだしな…」
「ありがとうございます。エミィさん達は今日はお休みされると先程連絡がありました。
カフアちゃんは、今日はスーリーさんの所ですよね。新入生歓迎会まであと1週間だし、曲合わせとか、色々忙しいみたいで」
「うん、たかが学校の出し物とはいえ、スワーナはプロ意識高いからそういうとこきっちりしてるしな」
「ええ、すごいこと事だと思います。あ、コーヒーすぐにお持ちしますね」
そう言ってリントンは再びパーテンションの裏へと消えた。

***

「ご馳走様、すごい美味しかったよ」
飲み終わったカップを片付けに武がパーテンション裏の急騰コーナーを覗くとリントンがとまどいながらも資材を棚に仕舞っている所だった。
「本当に?よかったー。でもまだ手際が悪くて…」
はにかむように俯きながら自分で洗うと言う武を振り切ってリントンはコーヒーカップを受け取る。
「そんなことないって。それに十分美味しかったよ。喫茶店で飲むコーヒーの味みたいな」
「それは、きっと良い豆だったからだと思います。シャロンさん、バイト先のコーヒー屋さんから仕入れたって言ってたから」
そう言って武の使った食器を洗いながらリントンがダンボールの一つを指差す。
まだ中身が出しきれていないその箱には幾種類かの珈琲豆が密封された袋で詰められていた。
「へー、結構いろんな種類仕入れてきたんだな」
「はい、本格的に活動出来る環境が整ったら『菊陽高校オリジナル』のコーヒーも作る計画でいるのだとカフアちゃんから聞きましたよ」
「へー、そういうの聞くと部活動っぽくていいなって感じがする。道の駅とかで販売するのかな?」
「ええ、あと地域イベントや文化祭でも出店したいって。ビジネス教育につながるからと言う理由で学校側も許可を出したみたいです。カフアちゃんが中心になって既に計画を進めてるみたいですけど、すごい行動力ですよね」
そう言って微笑むリントンは笑顔だったが武にはどこか少し寂しげにも見えた。
「まー、カフア昔っからそういう所で能力発揮するヤツだったからな。えーっと、このダンボールの豆も移すんだっけ?」
二人の間に流れる少ししんみりした空気を変える様に武はダンボールを覗き込んだ。
「はい、こっちの棚の上の方に入れたいんですけど…」
「ああ、それならオレが入れるよ」
コーヒー苦楽部のメンバーの中でもとりわけ華奢で小柄なリントン、背伸びをして指差す棚に長身の武が代わりにコーヒー豆を並べていく。
「武君ありがとう。あとそっちの機材は…」
二人で雑用をこなしているとガラガラガラーッと派手な音が響いて美室のドアが開かれた。
「みんな、お疲れ様~♪」
陽気な声が教室の中に響き渡る。
パーテンションで区切られているため、入室してきた人物の顔は見えないのだが、誰だが入ってきたのかその声とテンションで武もリントンもすぐに察しが付いた。
「んもう!さっきから何ですの!!セラード、ドアを開ける時はお静かに!もっと上品にお願いできなくて?」
「あーごめんごめん。それよかほら、シャロンは紅茶片手に音楽鑑賞してたんでしょう?なら私の事は気にせず楽しんで。それとも紅茶のお替りをお持ちしましょうかお嬢様?」
武の時に続きまたしても苛立ちを露にするシャーロットに、しかし入室してきた人物ことセラードは―思わず肩をすくめて小さくなった武の反応とは全く別に―用気にひらひらと手を振って上手にシャーロットの怒りを受け流す。
「っ…では、お替わりを頂きますわ」
しゅんと大人しくなってティーポットを差し出すシャーロットの姿にパーテンションの影から一部始終を見ていた武とリントンは思わず視線を合わせてくすりと笑い合った。
「紅茶のお替わり入りまーす!えっと紅茶の茶葉は~」
持ってきた荷物を近くの椅子に置いてセラードが給湯スペースに顔を出す。
「あっ武くんにリントン、お疲れ様~」
相変わらずふわふわと笑ってシャーロットは紅茶の茶葉を取り替え始める。
「あっセラード、お湯はポットにまだたくさん入ってるから」
「おおっ、さすがリントン、気が回るね~♪私もこれが終わったら荷物の整理交代するね」
上機嫌に鼻歌を歌いながら紅茶を入れ直すと、セラードは熱いポットをシルバーのトレーに載せてシャーロットの元へと運んだ。
「ああ、そういえばもうリントンは帰る時間だっけ?」
時計を見れば午後5時半を少し前にした所だった。
「はい、本当はもっと皆さんとゆっくりしていたいんですけど…」
少し寂しそうに笑って、リントンは戻ってきたセラードへと声をかける
片付けの進み具合を申し送っているのだろう、二人の話が終わり、荷物をまとめ始めたリントンの元へ武が歩み寄った。
「リントン、迎えって学校まで来る?」
「ええ、いつも正門の前に車を停めてもらっています」
「じゃあそこまで送って行くよ、これ、ついでに裏の廃材置き場に運ぶんだろ?」
部室へ運び込んだ荷物が入っていたのだろう、空になってぺたんこに潰されたとはいえ少しかさばる荷物になっていたダンボールをリントンから受け取ると武が隣に並ぶ。
「でも…」
遠慮するリントンに武はシャーロットへと視線を移す。
「ここで雑音を立てないように静かにしてるより、そっちの方が気が楽だから」
「ふふっじゃあお言葉に甘えて」
武の言葉の意図を理解したリントンが小さく笑ってぺこりと頭を下げる。
「気を付けてね、リントン」
ひらひらと手を振るセラードの声にシャーロットもちらりと視線を向ける。
「リントン、またね」
先ほど武に向けられたとげとげしい口調とは違い穏やかな口調でシャーロットがリントンを見送る。
整った顔立ちに夕日の鮮やかなオレンジを写す銀の長い髪、“シャーロットがいつもこうなら相当男子にもモテそうなのにな”と心の中だけで呟いて武はリントンと並んで部室を後にした。


ToBeContinued…
 

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