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第二章二十杯目 帰り道と珈琲


「戸締りよし!じゃあ私、鍵を職員室に返してくるね~♪」
部室のドアがしっかり閉まっている事を確認してぱたぱたと職員室へ向かって駆け出したセラードの姿を取り残された武とシャーロットが見送る。
「さて、じゃあ私たちは先に昇降口に向かいましょ」
武の隣でそう告げるとシャーロットは武の返事を待たずにスタスタと歩き出した。
「えと、シャーロットって迎えだっけ?」
慌ててその背中を追いかけながら武は声を掛ける。
「ええそうよ。校門の前に車をつけてもらうの」
同じお嬢様でもリントンと違い堂々とそう答えるシャーロットは全く「富豪の娘」という自分の立場を隠そうとはしない。
二人のこの違いは何なのか、良く分からないがそれをシャーロットに聞いた所で不機嫌にバカにされるだけなので武はその質問はせずに黙ってシャーロットに続いた。
「武、お疲れ!」
そんな武の背に聞き慣れた声が届く。
振り返った視線の先に見えたのは駆け寄ってくるカフアの姿だった。
「武達も今帰り?私達も今練習終わったとこなんだけど、よかったら一緒に帰らない?」
「それってスーリーも一緒ってことよね!?」
武の前を歩いていたはずのシャーロットが身を乗り出すようにカフアに詰め寄っている。
「ええ、もちろんいるわよ」
そんなシャーロットの反応に半ば呆れながらもカフアは頷いて答える。
「今、音楽室の鍵返しに行ってるから、もう少ししたら来ると思う」
「あ、それならスワーナはセラード職員室で会ってるかもな。こっちはセラードが部室の鍵持って行ったから」
そんな武の予測通り、3人の元にはしばらくすると職員室で合流したセラードとスワーナが加わった。
「あーあ、せっかくスーリーと一緒に下校出来るって思いましたのに、校門までなんてあっという間過ぎますわ」
「あっそ。なら自宅まで歩いて帰ったら?確かシャロンの家、スーリーと途中まで方向一緒だし」
大きくため息をつくシャーロットにカフアがわざとそう返す。
「むーっわざとおっしゃってますでしょカフア!私だって本当は皆様と同じく歩いて通学したいのは山々ですのよ。けれどほら、イギリス貴族ウォーレンフド家の娘である私に何かあってはいけないからって徒歩での通学はお父様が許してくれませんの」
そう言ってか弱いふりをするように顔にそっと手を添えるシャーロットにスワーナは苦笑を浮かべる。
「でも今週末の歓迎会が終われば少し落ち着くし、そしたら私も部室に顔出すから」
シャーロットを励ますようにスワーナがそう言えば、今までのうなだれ具合が嘘のように一気にスワーナとの距離を詰めたシャーロットは目をキラキラとさせる。
「絶対ですね!!私、スワーナの為にとびきり美味しい紅茶とお菓子を用意してお待ちしていますから」
そんなシャーロットの分かりやすい態度をカフアは“やれやれと”肩をすくめて、セラードは面白そうにくすっと微笑みながら、それぞれ見守る。
それは何気ない高校生活の中の日常のほんの一コマなのかもしれないが、こうして仲間と過ごせる日常が楽しく思えるのはきっとこの仲間たちのおかげなのだろう。
まだ学校に入学して数週間、けれどあっという間に打ち解けて、今ではこの仲間たちと一緒に立ち上げた部活動にも打ち込めている。
と、そんな思いを噛みしめていた武の脳裏にまたふとリントンの姿が蘇った。
“リントンも…もしかしたらこういう、普通の女子高生としての生活を楽しみたいから、特別扱いされたくなくて、自分の立場とかそういうのを学校では隠したがってるのかな?”
シャーロットは自分が上流貴族であることをむしろ誇りに思っているようだし、それはそれとして学校での生活も楽しんではいる。けれどその為に我慢している事だって彼女なりにあるのだ。
たとえば今でいうならスワーナと一緒に歩いて帰るという事。
もしシャーロットが普通の家庭の女子高生なら、きっと通学だって他の生徒と同じくバスや電車、徒歩や自転車だろうし、帰り道に皆でコンビニやゲーセン、美味しいスイーツのあるカフェに寄ったりする事も当たり前に出来るだろう。
けれど、シャーロットには登下校時必ず家からの送迎がある。
シャーロット自身はそれを嫌がるどころかむしろ自然な事として受け入れているけれど、だからといってリントンもそうかといえばきっとリントンにはリントンなりの思いがあるのだと思う。
「武、どうかした?」
気が付けばリントンの事を考えるのに夢中になっていた武の顔をカフアが心配そうに覗き込んでいた。
「ん?ああいや、なんでもない」
「そう?」
まだ心配そうに尋ねてくるカフアを心配させまいと、武は大きく頷いて返した。

***

「それでは皆様、ごきげんよう」
校門で迎えの車に乗り込むシャーロットを武とカフア、セラードとスワーナで見送って、それからまたしばらく歩いた所でスワーナとの分かれ道にたどり着く。
「じゃ、また明日。そうだカフア、明日はステージでのリハも予定してるからよろしく」
そう言って元気にかけ出していく。
「武君、カフアちゃん、また明日ね~」
さらに3人に減ったメンバーでしばらく歩いて、今度はブンブンと用気に手を振るセラードとも別れれば、後は武とカフア二人だけの帰り道になる。
朝の通学だって二人で行っているのだし、カフアと二人きりになる事だってそう珍しい事でもないのだが、最近はカフアのバンド練習が忙しい事に加え、先日の「原因不明入れ替わり事件」もあったせいか、武はどこか落ち着かない気持ちに思わず会話も途切れ、二人の間には何となく気まずい沈黙が流れた。
「そ、そういえば、部の準備の方は順調?」
“何か話さないと”と、気持ちばかりがそう焦る武にその気まずい沈黙を破ってくれたのはカフアだった。
「ん?ああ、みんなそれぞれ自分に出来る事を頑張ってる。今日はリントンとセラードが手分けして届いた資材を棚に仕舞ってくれて、随分部室らしくなってきたよ。きっとカフアも今度部室に顔出したら驚くと思うぞ」
「へー、私もこの所バンド練習で部室に顔出せてないからね。何だか楽しみ」
そう言って笑うカフアの笑顔はしかしどこか寂しそうだった。バンドの練習は練習できっとスワーナ達と頑張っているのだろうが、カフアにとって『珈琲苦楽部』の立ち上げも高校で力を入れたい活動の一つだったはずだから、少しだけ複雑な心境なのだろう。
「あっあと今日はリントンがコーヒーを入れてくれた。本人はまだまだ手際がって言ってたけど喫茶店で飲むのと同じくらい上手くって」
「そっか。リントンってああ見えて影の努力家だからね。最初はコーヒーも入れた事なかったのよ。それで入れ方を教えて欲しいって頼まれて、この前の休みにリントンのお家で少し練習付き合ったの。きっとその後も自分でたくさん練習したのね」
感慨深そうにつぶやくカフアに“そっか…”と武も静かに頷き返した。
「リントンの家ってやっぱ厳しいのか?ほら、有馬財閥といえばかなり有名だろ?今日も校門の前に迎えが来てたみたいだし、そこの一人娘ともなれば、色々家の規律とか門限が厳しかったり、やっぱオレ達みたいに自由が利かない事も多いのかな?」
何か出来る事があるのなら力になりたい。リントンが普通の女子高生に憧れているのを間近で見たからこそ、友人としてそう思う。そんな武の思いについ言葉にも熱がこもってしまったようで…。
「………武ってさ、リントンの事好きなの?」
ぱたりと足を止めたカフアが少し俯きながらそう武に尋ねた。
「えっ?あっ、いや、そういうんじゃなくて、オレはただ友達として…」
そう言って振り返ったカフアの表情はちょうど逆光になっていて武の位置からはっきりと伺い知る事が出来なかった。
「でも武…この前からリントンの話ばっかり。リントンリントンって…そんなに気になるなら私じゃなくて本人に言ってあげればいいじゃない!」
思わず荒げてしまった声にカフア本人が驚いたように目を見張った。
「ご、ごめん。ライブ前でピリピリしてたのかも。それに、部に顔を出せてなくて、自分だけ置いてけぼりを食らってるみたいで…八つ当たりだね、ホントごめん。私…今日は先に帰るね」
「カ、カフア!?」
そう言って引き止めるも、武の横を掛け足ですり抜けたカフアの姿はあっという間に小さくなってしまった。
「アイツ…泣いてた?」
すれ違い際、夕日に照らされて一瞬だけ見えたカフアの顔にキラリと光るものが見えた気がして、武はそうつぶやいた。もちろんその声はカフアに届くはずもなく、夕焼けに染まった空にただむなしく吸い込まれていくだけだった。


ToBeContinued…

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