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第二章
十五杯目 スカウトと珈琲
「えっ、では今度の新入生歓迎会、カフアがステージに立ちますの!?」
手に持っていたローズジャム入りのタルトを取り落としそうになるのをすんでの所で堪えたものの、シャーロットは大きな瞳をさらに大きく見開いて驚きをあらわにする。
「まー、ステージに立つって言っても1曲だけよ。スワーナが作った曲を歌わせてもらうの」
「っ!!スワーナのオリジナル曲なんて羨ましすぎますわっ」
手にしたタルトを今度は握りつぶしそうな勢いで悔しそうに唇を噛むシャーロットにカフアは苦笑いを浮かべた。

***

「…それにしても、いつのまにこんなに大所帯に…」
カフアの話も気になるが、今はそれよりもと武は自分の周りに集まった面子をぐるりと見渡して小さくため息を落とす。
ちょうどランチタイムを迎え、今日は屋上ではなく学生食堂で食事を取る事になった武の周りにはカフア、リントン、シャーロット、スワーナ、そしてエスメラルダ姉弟の姿がずらりと並んでいた。
「あーら武ったら、そんなあからさまに面倒くさそうな顔しなくてもいいんじゃない?」
ふわりと長い髪を指に絡めながら色っぽい視線を武に向けるのは、武の登校初日、屋上で昼食を取っている所に顔を出したアイリーン・エミィ・エスメラルダことアイリーンだ。
「姉さん…」
そしてその様子にすかさず言葉を挟むのは弟のアンドレア・レオナルドエスメラルダこと通称レオ。
一見どこまでも自由奔放そうな姉とそれを心配する弟のようなのだが、正直まだ何ともつかめないこのアイリーンと、彼女が武に近づくたびキッと嫌悪感丸出しで冷たい視線を送ってくる弟アンドレアは武にとってまだ謎の多い同級生だった。
「ご、ごめんなさい…私もお邪魔でしたよね…」
ふと、武達のやり取りを見ていたリントンが隣で肩を落とす。
「あっいや、ごめん、リントンに向けて言ったつもりじゃなくて…」
席は近いとはいえ、まさかリントンから反応が返るとは思ってもいなかった武は慌ててフォローを入れる。
そのままカフアに助けを求めて視線を送ってみるも、肝心のカフアはスワーナやシャーロットとタルトの話で盛り上がっているようで、こちらに気付いてくれる様子はなかった。
思わず頭を掻く武に助け舟を出してくれたのはセラードだった。
「まーまー、ご飯は大人数で食べる方が美味しいし、それに何だかんだで皆同じ部に所属する事になった仲間なんだから、親睦を深める意味でも私はこう言うの悪くないと思うよ~♪」
さっくりとそう告げて、セラードは食堂の日替わりメニュー、カレーの最後の一口を口へと運ぶ。
武が菊陽高校へと入学してから数日、初日にも賑やかな昼食を屋上で取ったのだが、今はその時と同じメンバーが勢ぞろいして学生食堂の一角にあるテーブルを一つ占領して昼食を取っていた。
武とカフアは母親の用意してくれた弁当、スワーナは購買部で購入したパン、シャーロット、リントン、セラードにエスメラルダ姉弟は食堂のメニューが今日のそれぞれの昼食だ。
「そういえばシャーロット、このタルト見た目もすっごく綺麗だよね!今度『珈琲苦楽部』のお茶受けにもしたいなー」
食べ終わったカレーの皿をよけながら、デザートにとシャーロットが皆に配ったタルトを代わりに引き寄せてセラードは目を輝かせる。
「あら、私が手作りしたものですもの、まずいはずがありませんわ。まぁスワーナさんが喜んで下さるのなら…お茶受けの件考えてもよくって、ですけれど…」
シャーロットの言葉にこじつけてさりげなくアピールするセラードの熱い視線の先には皆に差し入れされたものよりも少し大きめに切り分けられたタルトにかぶりつくスワーナの姿。
「…私も、この味は好き。甘すぎないし、外側のタルトのサクサクした食感がいいと思う」
スワーナの反応にシャーロットからは思わず小さなガッツポーズが出る。
「それにしても…何だかこうやって皆で話してると、まるで部活してるみたいだね」
シャーロットとスワーナのやり取りを微笑ましく見ていたカフアの言葉にリントンが嬉しそうに頷いた。
「私は家の都合であまり部に顔を出せませんが…こうして部活以外の場所でも、皆さんと一緒に過ごせる時間が持てるのはとても嬉しいです」
リントンの言葉に武ははっと少しだけ目を見張った。

***

「そういえば、家の方は大丈夫?部活の事とか、お昼の事とか、無理させてないかな?」
他の仲間達が再び思い思いに話に夢中になった事を確認して武はそっと、リントンに声を掛ける。
一瞬、リントンは驚いたように目を見開いたけれど、武の言葉にこくんと小さく頷くとうっすらと赤く染まった頬を隠すようにリントンは俯いた。
「大丈夫…です。母は私の学校生活に対しても理解がありますし、父を説得してくれたり、力にもなってくれているので」
今日は食堂でのランチとなったが、時には皆と一緒に屋上で弁当を広げられているのもリントンの事を分かってくれていると言う母親のおかげなのだろう。
リントンの家、有馬財閥については武もネットで調べてもみたのだが日本に限らず世界各国に活動拠点を持ち活動をする企業だという事が分かった。
幼い頃にリントンと遊んだ記憶があったのも、父親の仕事の得意先にリントンの父親の企業があったからだったのだろうと今は思う。
小さかった頃はただ歳の近い友達が知らないおじさんに連れてこられて、一緒に遊んだ、それもつい先日リントンに再会するまで忘れていた位の記憶でしかなかったのだが。
“複雑、なんだろうな”
そう思えば思うほど、リントンに何と声を掛けてあげればいいのか分からなくなる思いもある。それでも友達として、リントンの為に力になりたい思いはあって…。
大人しいリントンにどんな話題を振ったら楽しんでもらえるだろうか?
と、再び賑やかに盛り上がり出したカフアとスワーナ、シャーロット、3人の姿を横目に見ながら、武の横に座ったためそちらの会話には入れないまま大人しく箸を進めるリントンに何か会話を繋ごうと考えをフル回転させる武の頭に、“ムニュッ”と柔らかい何かが当たった。
“ん?クッション?”
そんなものがここにあるはずはないのだが、と柔らかい感触の正体を確かめようと武が振り向くとその視界に飛び込んで来たのは女子生徒の制服の白いブラウス、そして大きく肌蹴させられた襟元から覗く美しい鎖骨だった。
「っ!」
“こ、これってもしかしなくても、む、胸…!?”
「姉さんっ!」
驚きのあまり声が出ずに固まる武と、同時に飛んでくる棘のある声。
固まったまま状況の把握が出来ずにいる武から柔らかい感触が離れて、代わりにいたずらっぽく微笑むエミィの顔が映りこんだ。
「何か難しそうな顔してたけど、悩み事?」
エミィは細くしなやかな指で、整った己の顔の眉間あたりを指差してみせる。
どうやら無意識の内に眉間にしわを寄せて難しい顔をしてしまっていたらしい。
「いや、別に…悩みって程のことじゃ…」
そう答えながらふいに痛い視線を感じて武が視線を移せばその先にはバチバチと火花が散りそうな勢いでにらみつけるレオナルドとカフアの姿があった。
「そう、ならいいんだけど、そんな顔してるとせっかくの男前が台無しよ」
何食わぬ顔でそう言ってエミィはウインクする。
その横ではリントンが頬を真っ赤に染めて俯いていた。
「は、ははっ…そりゃどうも…」
レオナルドの上げた声に思わず集まった皆の視線に武は引きつった笑顔を浮かべるものの、その背筋には、レオナルドとカフアから送られる痛い視線のせいで冷たい汗が流れていた。
「あっそういえばさ、今日の放課後、部活動に参加出来る人~?」
ピリピリと張り詰めた空気の漂いかけた武の周りだったが、おっとりとした声がその空気をふと和らげる。
と同時に武に集まっていた皆の視線も声の主であるセラードへと移された。
“ナイススフォロー”と武が心の中で安堵しながら武もセラードへと視線を向ける。
「私は行きますわよ」
最初にそう答えたのはシャーロットだ。
「私も。バンドの練習があるから30分くらいしか居れないけど…」
スワーナが控えめに手を上げる。
「えっと、スーリーのバンドとの合わせは明日だったし、バイトも今日は休みだから私も大丈夫」
ポケットに忍ばせた手帳を広げてカフアがそう答えた。
「私たちも参加させてもらうわ。ね、レオ」
エミィが視線を向けた先でレオナルドがこくんと頷いて返事をする。その表情はまだ少し硬いままだが。
「あの、ごめんなさい、私は今日はお稽古事があって…」
申し訳なさそうに肩をすくめたのはリントンだった。
「ああ、いいのいいの。また参加できる時に顔を出して。今日はね、部活の申請書の締切日だったから、誰か一緒に職員室に提出しに行けるメンバーいるかな~って思っただけなんだ。で、武君は?」
セラードの言葉に再び皆の視線が武へと集まる。
「えと…参加、します」
「じゃあ書類提出に生徒会室に行くのは、武君に付き合ってもらおうかな~。あと皆にはこの紙にサインもらわなくっちゃ。そうだ、せっかくメンバー揃ってるし今の内にもらっておこうかな。学年とクラス、あと名前を書いてね。これを提出して申請が出るまで、うちはまだ仮部だからね~」
そう言ってセラードが自身の荷物の中から引っ張り出した紙には『菊陽高校 珈琲苦楽部結成・入部届け』と大きく書かれていた。


ToBeContinued...

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