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第二章
十三杯目 スカウトと珈琲

「カフア…ちょっといい?」
隣のクラスのスワーナにそうカフアが呼び止められたのは武とカフアの入れ替わりがあってから数日後の2限目の休み時間、3限目には入っている理科の授業のため理科室へと移動している途中だった。
「あっ、じゃあ私と武君は先に行ってるねー」
「えっ、ああうん」
武が転入して来た日から昼食は一緒に取るようになったスワーナ。けれど、そのタイミングを避けわざわざこの時間に声をかけてきたということは、2人で話したい事があったからなのだろう、そう察したセラードの気遣いでスワーナと2人廊下に残ったカフアは武とセラードの姿を見送ってスワーナと向き合う。
「どうしたの?私に何か大事な話?」
何か困った事でもあったのかとカフアが顔を覗きこむと、スワーナは少しだけ恥ずかしそうに目を逸らす。
元々バンドメンバー以外の人と絡むのが苦手そうなスワーナは一緒に昼食を取るうちにカフア達ともだいぶなじんではきたものの、それでもまだ二人きりで話すのに少し照れを感じているようだった。
音楽室で話せばもう少しリラックスした表情が見られる彼女だが、今は少しけ緊張した顔をしている。
「えっと…その…」
それでもゆっくり口を開くとスワーナは決心したようにぐっと拳を握り締めてカフアと視線を合わせた。
「この前頼んでた件、そろそろ返事が聞きたくて!」
意を決したように告げるスワーナにカフアの脳裏にスワーナから考えて欲しいと頼まれていたバンドメンバーへのスカウトの話が蘇る。
「バンドのボーカルの件、だよね…」
そう口にすればスワーナが小さく首を立てに振って頷いた。
「その件なんだけど…」
カフアは少しためらうように一呼吸置いてから言葉を続ける。
「私を誘ってくれた事はとても嬉しかった。それがきっかけで、私もスーリーとこんなに仲良くなれたし!けど…スーリーも知っている通り、私まだシャーロットと新しい部『珈琲苦楽部』を立ち上げたばかりでしょう?それで、部活でも色んな知識を活かせるように近所の珈琲屋さんでのアルバイトも始めたの。だからその…歌の練習時間を作るのがちょっと難しくて…」
スワーナからのバンドメンバーへの誘いは正直カフアも嬉しかった。
自分では意識した事はないが子供の頃からよく歌がうまいとは言われていたし、歌うこと自体も嫌いではない。スワーナの引くギターも練習を見た程度しかまだ聞いた事はないが、それでもその腕前が高校生の部活のレベルを遥かにしのぐものである事は素人であるカフアにも分かる程のものだし、感動させられるものもあった。そしてそんなスワーナからスカウトされるという事がどれ程ありがたい事なのかも、よく分かってはいるつもりだ。
けれど、だからこそ中途半端な気持ちで参加は出来ないとそう思ったのだ。
「そっか…なら、しょうがないね」
がっくりと肩を落とすスワーナにチクンとカフアの心も痛む。けれど、曖昧な気持ちで返事をしてもそれはきっと将来的にスワーナを裏切る事になってしまう。
“せめて何か少しでも力になれる事があったらよかったんだけど…”
いたたまれないままそんな事をぼんやりと考えていたカフアに一度は肩を落としたスワーナが何か思いついたようにぐいと顔を近づける。
「ねぇそれならせめて1回だけ、今度の新入生歓迎会のライブで1曲だけでいいから、ゲスト参加してくれないかな?」
キラキラと目を輝かせてそう語るスワーナはいつものクールビューティーな彼女の姿ではなく、音楽室でギターを手にしている時の音楽家の顔だった。
「そ、そうだね。そこまで言ってくれるなら…1曲だけ。でも、私みたいな素人が本当にいいの?」
「大丈夫!てか、カフアじゃないとダメなの!!」
キラキラと嬉しそうに瞳を輝かせて真剣な眼差しで訴えてくるスワーナの姿は初めて見る彼女の姿だったが、どこまでも素直なスワーナの反応にカフアも嬉しさを感じる。
「あっじゃあ私移動教室だからそろそろ行くね」
「うん、呼び止めてごめん!詳しくはまたお昼休みにでも話そう!」
スワーナと別れたカフアは理科室へと急いだ。

***

「あっカフアちゃん、お帰りー♪スワーナとのお話は終わったー?」
カフアが席に着くと同時にセラードがそう声をかける。
「うん、詳しくはまた昼休みにって約束してきたから」
「…」
そんな2人の会話を見守っていた武が遠慮気味に口を開く。
「スワーナの話ってもしかしてこの前のバンドの件とか?」
武の、ぼんやりしているようでこういう読みが鋭い所は昔から変わってないなと思いながらカフアは小さく頷く。
「うん、まーお昼休みには皆にも話す予定だったけど、スワーナのお手伝いを引き受ける事になったの」
「わおーっ!それってカフアちゃんも軽音部に所属するって事ー!?」
セラードは楽しそうにそう尋ねたが、そんなセラードの反応とは裏腹に武は少しだけ渋い顔をしていた。
「けどお前、大丈夫なのか?カフアは確かに器用になんでもこなすけど、クラス委員に今年立ち上げたばっかの珈琲苦楽部、それにバイトまでしてるだろ?」
負担になるのではないかとの心配から渋い顔をしていた武にカフアはクスッと小さく笑って答える。
「軽音部に入るわけじゃないわ、ただちょっとお手伝いをするだけよ」
「ったく、あんま無理して体調崩すなよ?」
「はいはい、分かってますって」
武の優しさにちょっとだけ嬉しさを感じながらも素直にそう伝えるのはどこか気恥ずかしくて、カフアは軽く受け流すように返事をすると授業の準備を始めた。
“ホント、心配性なトコも変わってないんだから…”
そんな事を心中でそっと呟きながら。


ToBeContinued…
 

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