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第一章 七杯目 「兄妹と珈琲」 20201025加筆修正

私立 菊陽高校珈琲苦楽部
七杯目 兄妹と珈琲
武にとっては登校初日、他のメンバーにとっても入学から一週間と、どちらも日はまだ浅い高校生活でのランチタイムだったが、それでも思った以上に絆が深まって行く事を感じていたのはきっとここにいるメンバー誰もであろう。
が、そんな5人を影でじっと見守る影がある事にこの時まだ誰も気が付いていなかった――。

***

「・・・エミィ、本当に行くの?」
物陰からじっと5人の姿を見つめる視線に、さらにその後ろからため息交じりに告げる人物が一人。
「もちろんよ!だってやっぱりこのままじっと見ているだけなんてつまらないじゃない」
そう告げるとエミィと呼ばれた少女は迷いのない足取りでツカツカと歩き出す。
「・・・・・・はぁ」
一方後ろに控えていた人物もまた、分かりやすく大きなため息を落としつつ―しかしそれでも一度言い出したら引かない少女の性格をよく熟知しているが故―おとなしくエミィの背に続くようにゆっくりと足を踏み出した。
二人の名はアイリーン エミィ エスメラルダとアンドレア レオナルド エスメラルダ。
長身でモデルのようなルックスの二人は校内でも目を引く外見に、その落ち着いた雰囲気も上級生を思わせるが、彼らもまた武達と同じく今年菊陽高校に入学して来た新一年生だ。
髪の長さ、そして性別意外がそっくりなのは二人が一卵性双生児の双子だからなのだが、その性格は双子とは思えないほど対極の位置にある、といっても過言ではないだろう。
この二人の行動からも良く分かるように。

***

「は~い♪皆様ごきげんよう!」
突然視界に影が差し、それと同時に上から降ってくる声。
女子高生には少々ボリュームのある武のお弁当箱と格闘していたカフアはその声にはっと弁当箱から視線を上げた。
隣に据わっていた武も、もう半分以上食べ切ったカフアのお弁当箱から同じように視視線を上げると目の前にすらりと伸びた足が見えた。
それをたどるように見上げて行けば、まるでモデルのような長い足に少々短めのスカート、きゅっとくびれた腰から影が出来る程ボリュームのあるバストが続き、その上ではまるで洋画で見る海外女優のような顔がにっこりとこちらを見下ろしている。
「ハァイ、カフア。それから…」
今は見た目がカフアである武にひらりと手を振って少女はストンと腰を落とすと武達と同じ高さに視線を合わせた。
ふわりと巻き起こった風になびく長いダークブロンドの髪、思わずそれに視線が釘付けになる武の鼻を香水のような気品ある香りがくすぐる。
しかし、そんな武の事はまるで目に入っていないようにしゃがみこんだ少女は本来の武の体-つまり中身はカフア―の方へグイと顔を寄せると艶やかな笑みを浮かべた。
「東茶屋武君、よね?」
女子高生のそれというよりはもっと大人びていて、男なら誰もが誘惑されそうになる声に武は思わずごくりとつばを飲みこむ。
けれどあくまで自分は今カフアの体の中にいるわけで…はっと自分の体の方に視線を向ければ、そこには顔色一つ変えずに冷静なまなざしで目の前の美少女に視線を向けるカフアの姿があった。
他の男子生徒からすれば、羨ましすぎるシチュエーションなのだが、外見こそ男子高校生の武とはいえ、中身は同性であるカフアだ。女子高生の彼女にはやはり純粋な男子高校生の心境を理解しろというのは難しい事らしく…。
「アイリーン エミィ エスメラルダ、距離近すぎ」
健康な高校生男子にしてはあるまじき冷めた態度でぐっと顔を引くと再び大きなお弁当箱と格闘を始めてしまった。
もちろん当事者であるカフア以外の全員が唖然としたのは言うまでもないだろうが、思わず固まってしまった場の空気をまるで何事でもないように打ち破ったのはセラードだった。
「まー、エミィが近づいた所で普通の美少女が近づくのとは違うからね」
そのツッコミに何やら言いたげにエミィはキッとセラードをにらみつけたが怒った顔までが美しすぎて周りの者はそこにも突っ込みをいれられずにいた。
が、それをフォローしたのもまた意外な人物で――
「そ、そうね、確かにエミィさんってすごい美少女だもの。しかも姉弟揃ってモデルみたいな人たちだって、初日から校内中で噂になってるし」
ふわりとした優しい口調でそう付け加えたのはこのランチタイムでも皆の話に相槌を打つことが多く、自分から話を振る事がほとんどなかったリントンだ。
彼女も自分なりに何かしら出来る事をと思ったのだろう。
だがそれは本当にありがたい事で、美人という言葉に気を良くしたのか、エミィの表情もすっかり元の穏やかな笑顔に戻っていた。
「そういえばその弟、レオは一緒じゃないの?」
「一緒ですよ。ここにいます」
あまり興味はなさそうにしながらも皆の話を伺っていたスワーナが辺りを見渡せばエミィの後ろからすっと、こちらもまた美形の青年が顔を出した。
「姉さん、挨拶が済んだのならもう行きましょう。昼休みも終わりますし」
どこか不機嫌そうにも見えるレオナルドの態度だが、武以外のメンバーはそんなレオナルドを特に気にした様子も見せない。
というのも顔こそそっくりだが社交的な姉に対してあまり他人と関わりを持ちたがらないのがこの弟だと言う事を知っているからだ。
けれど初対面の武はもちろんそんな事など知るはずもなく、つい同じ美しい顔立ちながらも険しい表情を崩さないレオナルドよりも妖艶な雰囲気を醸し出しているエミィへとその視線は向いてしまう。
もちろん理由はそれだけではなく、リントンが言ったように美しすぎる外見に対する男子の健全な反応とでも表現したら良いだろうか、無意識に見とれてしまっていたというのが正直な所なのだが。
と、武のそんな様子に気が付いたカフアは皆の視線の死角を狙うようにして今は武が入っている自身の脇腹をきゅっと抓った。
「っ!痛ててっ」
不意打ちで脇腹に走った痛みに思わず声をあげて武ははっと我に返らされる。
もちろんそれがカフアの仕業だと気付いてにらみ返したのだが、カフアは悪びれた様子もなくその視線は既に弁当へと戻されていた。
「カフア、どうかしたの?」
今まで武の体へと向けられていたエミィの視線がカフアの体へと向けられる。
が、中身はもちろん武なわけで、横顔でも見とれてしまうほどに美しかった顔が真っ直ぐ自分に向けられたことに武の心臓はさらに跳ね上がるように鼓動を早めた。
「な、なんでもない」
横腹に感じた痛みをまたお見舞いされてはと武は出来るだけポーカーフェイスを装いながらそう答えたのだが、ぐっと近づいてきたエミィの手がカフアの額へと当てられた。
ひんやりとしたエミィの手の体温がカフアの中にいる武に伝わってくる。
「うーん、顔が赤いから熱でもあるのかと思ったけれど、そうではないようね。安心したわ」
ほっと安堵して手を引くエミィにしかし武は頬にかぁっと熱が集まるのを感じる。
と、わざとらしい咳払いが聞こえて武が振り返れば、レオナルドの鋭い視線が自分に向けられている所だった。
軽く笑みを浮かべて返したもののぷいっとそっぽを向かれてしまう。
「ああ、ごめんなさいレオ。そうね、そろそろ行きましょうか」
エミィも後ろで待つレオナルドにそう返事を返すとすっと立ち上がった。
「じゃあ皆さん、またね」
ひらひらと手を降りながら立ち去るまぶしすぎる二人にぽかんと口を開ける武の隣でようやくお弁当の最後の一口を口に収めたカフアが皆には聞こえないよう小声で武に囁く。
「あれはエスメラルダ姉弟。クラスは違うけど同じ1年生よ。でもって私達、同じ『珈琲苦楽部』に所属してるの」
「『珈琲…クラブ』?」
そう聞き返した武にカフアは小さく頷く。
「うん、珈琲苦楽部。ああ、クラブの字は倶楽部活動の方じゃなくて苦くて楽しい方ね。放課後のクラブ活動の一環で、私達が立ち上げたの。ほら、セラードもリントンも、それからスーリーもあの姉弟とは初対面って感じじゃなかったでしょ?皆部活で顔を合わせるメンバーなのよ。もちろん武も入るでしょ?さてと、私達も急がないと昼休み終わっちゃうから」
ようやくカラになったおべんとうを閉じるとカフアはパンッと手を合わせた。
「ご馳走様でしたー」
その豪快な仕草と声に思わず苦笑を浮かべるスワーナとにっこりと笑うセラードの隣でリントンもまたくすりと小さな笑顔を浮かべていた。


End...
 

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