十一杯目 軽音部と珈琲
軽音部と珈琲
「あれ?この音楽聞いた事あるような…」
音楽室の中から零れてくる音楽。カフア―もちろん中身は武のまま―はよく知った音楽のメロディにそう呟いた。
「向こう(アメリカ)でも日本の音楽を聞いてたの?」
そう返すのは隣を歩いていたカフア―こちらは外見は武―だ。
武が頷くと“じゃあ知ってるかも”とカフアはシャーロットに話を振った。
「シャロン、この音楽ってスーリーが弾いてるんだっけ?この曲オレもアメリカで聞いた事ある気がするんだけど…」
もちろんシャーロットは二人の入れ替わりを知らないのでカフアは武の口調を真似て話しかける。
「あらそうですの。日本で今、若者に人気のバンドですのよ。YoutubeなどでもPVなどが上がっていますから、それ見られたのではなくて?確かこの曲は…」
そう言ってシャーロットが挙げたバンド名には武も聞き覚えがあった。
シャーロットが言うようにYoutubeで聞いた曲だ。
日本の音楽はアメリカでも人気が高い。だから自分が日本人という事を除いても現地の友達と日本の音楽の話で盛り上がる機会は多かった。
「それにしてもシャロンもすごい勉強してきたんだね~♪この前スーリーちゃんの事もっと色々教えて欲しいって言ってきた時よりもっと知識が増えてるみたい~」
「で、ですから先ほどから一言余計ですわよセラード!」
楽しそうに笑うセラードにシャーロットは照れ隠しのような複雑な表情を浮かべる。
保健室でシャーロットはスワーナと仲良くなりたがっているとセラードが話していたが本当にそのようだ。
スワーナには自分も朝から数回会っているが、警戒心が強い…という印象が大きい。シャーロットもきっとそれでまだ仲良くなれていないのだろう。
プライドの高いお嬢様タイプのシャーロットの方も、カフアやセラードのように誰にでも人懐っこく話しかけていくタイプではないだろうし。
けれどこのメンバーなら打ち溶けられるのも早いんじゃないかと武は一人心の中でそっと思う。
とそんなセラードとシャーロットのやりとりを武の横で見ていたカフア―外見は武なのだが―にも別の声が掛かる。
「た、武君は、他にはどんな音楽を聞いたりしてたの?やっぱり洋楽とかが多いのかな?」
ぎこちなさそうに、けれども懸命に話を振ってきたのはリントンだ。
人見知りのリントンが自分から慣れない人に声をかけてくるなんてめずらしいとカフアは驚きつつも、しかし今は武の代わりに答えなければならない。
「んー、そうだな、洋楽が多いかな。あ、でも曲名まではあんま覚えてなくて…向こうもいい歌は結構多いんだけど」
何とかそうごまかして武―外見はもちろんカフア―の方を見やれば“まぁまぁな対応だな”とちょっと渋い顔で頷く中身が武の自分の姿が目に入る。“しょうがないでしょ、私洋楽はあまり聞かないもん”とこちらも視線で返しつつ、こんな事なら武がアメリカにいた時メールで話してた、向こうで人気のバンドの名前とか覚えとけばよかったかなーとカフアは心の中で後悔した。
「そ、そっか。私も普段はクラシックばっかりで…だから洋楽とかちょっと興味があって、もしお勧めの歌手とかいたら聞いてみたいなって思ったの」
そう言って小さく笑うリントンの姿に今度はカフアの姿をした武が話を振る。
「それなら今度、一緒にCDショップ覗いてみる?ほら、こっちでも洋楽のCDはたくさん売ってあるし。武も誘って、CDのジャケットとか見せたらお勧めの歌手とか、もっと思い出すかもしれないし」
「そ、そうだな、それならオレも付き合うよ」
カフアもまた武に合わせるように返事を返した。
「う、うん!ありがとうカフアちゃん、武君」
武やカフアにとってそれは何気ない学生の日常の一コマであっても、生粋のお嬢様で自由が少ないリントンにとってはきっととても新鮮で、そうやって増えていく思い出もまた、彼女にとっては忘れられないくらい幸せな時間になる事だろう。
武もカフアもリントンの嬉しそうな笑顔にそう感じていた。
***
「じゃ、開けるからね~」
音楽室の扉の目の前まで来た所でセラードが代表してその扉を押し開く。
防音性のある重い扉を開くと今までとは比べ物にならないボリュームの楽器音が中から溢れ出し、訪れたメンバーの鼓膜を震わせた。
それに負けじと大声を張り上げてセラードはスワーナに手を振ってみせる。
「こんにちは~♪おっ邪魔しまーす」
そんなセラードの姿に気が付いたスワーナも演奏を止めて、武達の元へと掛け寄ってくる。
「カフア、来てくれたんだ!体はもう大丈夫?」
掛け寄ってきたスワーナが一番に声を掛けたのはカフア―中身は武なのだが―だった。
「あ、ありがとう。体ももう平気」
「よかった、…今度の新入生歓迎会で演奏する曲の通し練習、今日しかバンドのメンバーが揃う日がなかったから先に帰っちゃって…でも心配してたんだ」
スワーナの申し訳なさそうな声にカフア―の外見をした武―は首を横に振る。
「ううん、ホントにもう平気だから。それよりスーリー、歓迎会でバンド演奏するんだ」
「あらカフア、もしかして知りませんでしたの?となると武もスワーナさんのバンドについてはまだ詳しいお話は聞かされてないのかしら?スワーナさんはお休みの日はアマチュアバンドでもご活躍されてる程の腕前で、時々ライブハウスでも歌われますのよ。まだアマチュアとはいえ、今注目の人気バンドなんですから」
「もーだからそんなに好きなら私を挟まなくても自分で仲良しになろうって言っちゃえばいいのに~。ライブもちゃんとチケット買って、いつも見に行ってます~ってさ♪」
誇らしげにカフアと武にスワーナの話をするシャーロット…に悪気なく彼女の本心をバラしてしまうのはセラードだ。
思わぬ不意打ち攻撃にシャーロットはキッとセラードをにらみつけるも、しかしセラード本人はそれを気にした様子はなく、変わらぬ天真爛漫な笑みで笑っている。
そしてこれを見せられると、怒る気も失せてしまうのはシャーロットも他の皆と同じのようだ。それに、途中経過はどうあれシャーロットが自分のファンであると知ったスワーナも、一瞬驚いた表情を見せたものの素直に嬉しかったようで――。
「私の曲、聞いてくれてたんだね。その…ありがとう。あと、私の事はスーリーでいい。バンドのチケットも、声かけてくれれば今度から私が持ってく。迷惑じゃなければだけど…珈琲苦楽部の集まりの時なら、会えるよね?」
「えっ?あ、は、はいっ!迷惑だなんて…むしろとても光栄ですわ!!それから、わ、わたくしの事もこの前の珈琲苦楽部の顔合わせでご挨拶はしましたけれど、シャロンって呼んで下さるかしら?」
シャーロットのこんな慌てた様子はなかなかお目にかかる事が出来ないレアな一面かもしれない。
“シャーロットも大富豪の娘みたいだけど、意外とこういう所は普通の女子高生だよな”
スワーナとのより縮まった距離に心をときめかせるシャーロットにそんな事を思いながら武がスワーナへと視線を移すとその肩から掛けられたギターにふと目が止まった。
「あ、スーリー、それってもしかしてフェンダーのストラトキャスター?」
スワーナが使っているギターは武がアメリカにいた頃仲良くしていた友達の父親で、親子でロックが好きだと言うその人が見せてくれたギターとよく似ていた。
それで何気なく聞いてみたつもりだったのだが、スワーナとの距離が縮まりそうだった所を邪魔されたシャーロットの眉間には深い皺が刻まれる。
せっかく自分がスワーナと話をしていたのに、横から空気を読まないカフア―もちろん中身は武なのだが―の声が掛かったのだから当然だろう。しかし――
「ちょっとカフア!今はわたくしが…」
まだ話していますのに…といいかけた言葉を今度はスワーナに遮られる。
「もしかしてギターの神様、ジミ・ヘンドリックスを知ってるの?」
まさかの展開にシャーロットは困惑した表情でスワーナへと視線を移すがその瞳が今まで見た事がないほどに輝いている事にそれ以上言葉を挟めなくなってしまった。
「えっと、その…そこまで詳しいわけじゃないけど、一応名前だけは。知りあいの親父さんがこれに似てるのを持ってて…でもスワーナのこのギターも、すごく良いギターみたいだ」
視界の横に入る、がっくりと肩を落とすシャーロットの姿に申し訳なさを感じつつ、武はそう答える。
と、スワーナが武―外見はカフアなのだが―の腕をがっしりと掴んでキラキラとした瞳で見つめてくる。
「見せたい物がある!」
その視界にはもう武以外の誰も写っていないようで…。
言うが早いかまるで今までの物静かでシャイなスワーナとは別人のように、何かスイッチが入ったようなスワーナはぐいぐいとカフア―でも中身は武―の腕を引っ張って歩き出していた。
ToBeContinued...