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私立 菊陽高校珈琲苦楽部
 

四杯目 入れ替わりと珈琲


この日も菊陽高校では1、2時間目と問題なく授業が進んでいく。
1年のとあるクラスのとある二人を除いては――。
「セラード、武見なかった?」
2時間目の授業を終え、3時間目の科目を確認したカフア―の姿をした武―は先程まで確かに隣の席に座っていた武ことカフアの姿がないことに慌てふためく。
学校で変に迷子になったり、おかしな態度を取る事はないだろうが、中身が入れ替わっている以上出来るだけ互いの行動は把握しておきたい。
辺りをきょろきょろと見渡すカフア姿の武にセラードがくすりと笑いを漏らした。
「も~カフアちゃんそんなに心配しなくても武君なら大丈夫だって!クラスの男子ともすぐ打ち解けてたみたいだし、きっとどこかで他の男子と一緒に悪ふざけでもしてるんだよ~」
だから心配なのだ。
外見は武とはいえ中身はカフアの体、自分の代わりにクラスの男子とうまくやってくれるのは確かにありがたい事ではあるのだが、無理してカフアが怪我でもしたら?そんな思いが武の脳裏をよぎった時だった。
「あ、ほら~噂をすればだね!帰ってきたよ、武君」
そう言ってセラードの指差す先に武が視線を送ればクラスの男子数人と仲良くこちらに歩いてくる中身はカフアの武が見えた。
「武君お帰り~。今ね、ちょうど武君の事話してたんだよ~。急にいなくなっちゃったでしょ?カフアが心配してて~。学校見学でもしてきたの?」
どこに行っていたのかと、武が口を開く前にセラードがそう切り出す。
思った事を深く考えずになんでもするっと言えるのはセラードの長所でもあり短所でもある所だ。
もちろん、そんなセラードの特徴もよーく熟知している中身はカフアの武はくしゃりと頭をかいて何事もなかったかのように答える。
「ああ、トイレトイレ。ちょうど行こうとしてたとこにクラスの男子から声掛けられてさ。ほら、登校初日だから場所わかんないだろうって皆が案内してくれたんだ」
「で、まさか一緒に行ったのか?男子トイレに!?」
今まで黙っていたカフア―もちろん中身は武である―が突然武の方へと身を乗り出す。
あまりの驚きに目を丸くする武―の姿をしたカフア―の隣でこれまた驚いたようにセラードが二人を交互に見つめていた。
「ま、まぁ落ち着けよカフア」
中身がカフアの武は、ポンポンとカフア姿の武の背を落ち着かせるように叩く。
何しろ今は互いに入れ替わっているのだし、それをセラードに気付かれては一大事だ。
けれどカフア姿の武の頬は見る見る間に赤くなる。
「だってお前っ…」
武の言わんとする事にさすがに気付いたのだろう、しかし武の格好をしたカフアは武の心配などさほど気にした様子もなくサラリと答える。
「ああ心配ないない。トイレの場所聞いただけだし一応ちゃんと個室の方に入ったし」
「っ!!!」
女性、とはいえ武よりもカフアの方がこういう時は肝が据わっているのかもしれない。
しかし一方の武はその言葉にまるで全てが終わったとでも言いたげな複雑な表情を浮かべて、ふっと肩を落とすととぼとぼと歩き出した。
「あれ、カフアちゃん?」
目の前で突然繰り広げられたよく理解の出来ない武とカフアのやり取りに思わずきょとんとしていたセラードがそれに気付き慌てて声を掛ける。
「オレ…じゃなくて私もおトイレ」
振り返ったカフア―といっても中身はもちろん武―はなぜか威圧感全開のオーラをまとった満面の笑みを浮かべていて。
それだけを告げるとスタスタと廊下に向かって歩き出してしまった。
「・・・・・・・・・」
「うーん、やっぱり今日のカフアちゃん何か変だよね~」
武の残した威圧感に押されて思わず立ちつくしていた武の中のカフアだったが、セラードのその言葉にはっと我に返される。
「ごめんセラード!私ももう1回トイレ!」
そう言って走り出した武の姿のカフアの背を視線で追いながら、しかしそんな事とは露知らないセラードはため息を零した。
「武君が私?う~ん、今日のカフアちゃんも変だけど武くんも普段からあんなおかしなキャラなのかな~?」

***

「武待って!」
廊下をすたすたと歩くカフア―の姿の武―を武の姿をしたカフアが呼び止める。
「武トイレって、私達今入れ替わってるのよ?こんなんでトイレなんて入れるわけないじゃない」
「…その台詞、そっくりそのまま返す」
じとーっとした視線で中身は武とはいえ自分に見られているカフアはくしゃりと頭を掻く。
「いやーだからそれはその…どーしても我慢出来なかったっていうか…」
「それもそのまま返します。俺だって1時間目の休み時間から我慢してるんだけど?」
そう言われてしまえばカフアも返す言葉がなくなる。
「ううーっ…だ、だからさ、勝手にトイレ行っちゃったのはゴメン!でも他の男子と並んでトイレ使ったわけじゃないんだしさ」
「だからオレもそうする。女子トイレだってもともと個室なんだし、男子トイレでわざわざ個室に入って用を足すオレの方が絶対皆に変に思われたんだから、その分カフアの方がマシだろ?」
精一杯謝ってはみるものの、それで武の尿意が抑えられるようなものではもちろんなくて。
「で、でもだよっ!武は男の子なんだからちょっと位体見られたって平気でしょ。だけど私は女の子なんだから、今は入れ替わっちゃってるけどその体だってちょっとは考えて、ちゃんと女の子として扱って欲しいっていうか…」
もじもじと照れる自分の姿が武の視界に写り込む。
これがカフアだったら照れるように頬を赤くしてうつむくその姿にドキンと心臓が高鳴ったかもしれない。
が、残念な事に今目の前にいるのは他の誰でもない自分で、身長176cm.もある大の男が肩をすくめてもじもじとする姿は気持ちが悪い、という以外の言葉では適切な表現を見つけられなかった。
しかもカフアは『ちょっと位体見られたって平気』とさらりと言ったが見られたのは異性で、しかも自分の幼馴染のカフアだ。
同姓や見ず知らずの人ならまだ違う感情が浮かんでいたのかも知れないが、今の武の心にあるのはやたらと大きな羞恥新だけだっだ。
昔読んだマンガにお風呂場で異性とばったり、全裸を目撃しちゃいましたーなんてドキドキな展開があったが、それがまさか現実世界で自分に、しかもお風呂場どころかトイレで起こってしまうなんて、未だに信じたくない気持ちが大きいし、それに何よりカフアにという部分にこだわってしまう所には自分でも意識しまいとしている感情が含まれている気がした。
けれど今はそれを考えるよりも何よりも我慢しているトイレを済ませる事が最優先だ。恥ずかしさよりも何よりも体の健康第一!
「言っとくけど、このまま我慢し続けたとしてもそれだっていつか限界は来るんだぞ?そしてそれは明らかに近い。このまま限界まで我慢してたら教室で…」
「あーもう分かったわよ!ただしトイレの入り口までは私もついて行く。あと必要以上に人の体じろじろ見るのはやめてね。本当に必要最低限だけだからね!!」
やっと観念はしたもののしつこくそう告げるカフアに武ははぁっとため息を落とす。
「言われずとも分かってるます」
「ううー、だってぇ…」
結局本当に女子トイレの目の前までついてきたカフアを一瞥して武は女子トイレへと入る。
ちらりと入り口を振り返ればじとーっとまだこちらに視線を送るカフアの姿。
もちろん今その外見は武で、はたから見ればまるで女子トイレを覗く変体男子生徒のような構図だ。
「早いとこ済ませないと、転校早々変態扱いされそ…」
武は肩をすくめると個室へと入っていた。

***

“女の子の体…かぁ。当たり前だけど下着も女子、だもんなぁ”
武だって男だ。興味がないと言えばウソになる!が、スカートの裾からちら見えする柔らかな太もも、子供の頃一緒に木登りしていた時に偶然見てしまう機会もあった色気のいの字もない子供のパンツとは違うレースが施されたれっきとした女性物のそれを仕方がないにしても見てしまえばドキンと心臓の心拍数は跳ね上がる。が、そのたびに同時にちらつくのは鬼の形相でにらみ付けるカフアの顔で。
自分の理性との戦いでようやく用を足せた解放感よりも中途半端に心に残る欲求不満に変な疲れを感じながら個室を出た武が洗面台で手を洗っている時だった。
「カフアちゃん?」
背中からかかった声に武は目の前の鏡ごしに声の主を探した。
ふわりと肩でなびく柔らかなアメジスト色の髪、メガネの奥から覗く髪と同じ紫の美しい瞳の少女がカフアに向かって優しく微笑んでいる。
“この子か。ん?…この子、どこかで見た事あるような”
カフアに声を掛けたのだからカフアの知り合いである事は間違いない。けれど自分もこの子を知っている。
そう、幼い日にどこかで…。
武は少女を振り返った。
「えっと君は・・・」
武が記憶の糸をたどりながらそう言いかけた時だった。
「カフアー早くしないと休み時間終わるぞー」
女子トイレの外から響く声。
周りにいた女子生徒が数人、カフアを見てくすくすと笑う。
「っアイツ~」
かぁっと頬を赤らめながらハンカチを握り締める武を少女が心配そうに覗き込んできた。
「今の声、武くんだよね?」
少女のその言葉に武はふと思い立つ。
これならさりげなく彼女の事を思い出すきっかけが掴めるかもしれない。
「そう、武の事も知ってるの?」
そう尋ねてみれば少女はほんのりと頬を赤らめて答えた。
「私だってちゃんと覚えてるよ。一緒に遊んだのはすごく小さい頃だったけれど、大切ないいな…ううん、お友達だったから」
“いいな”と言いかけた言葉を訂正されて何か引っかかる感じがしたがそれを掻き消す勢いで武の中に幼い日の記憶が蘇る。
紫の髪に良く似合う白い麦わら帽子、ふわりと風になびく品の良いレースのワンピース。
父親だろうか?パリッとセンタークリースの入った品の良いスラックスを履いた男性の足に隠れるようにしてこちらを伺うのは今目の前にいる少女をそのまま少しだけ幼くした人物で。
「有馬財閥のご令嬢…」
記憶の中から出てきた言葉を武が思わずそのまま口にすれば目の前の少女の笑顔が曇るのが目に入った。


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original author 竹之下ユリス

Novelist is nakota's

illustration by 竹之下ユリス

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