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第二章
十七杯目 部室と珈琲
“…えっと…こういう時って何を話せばいいんだ?”
家庭科室へと続く長い廊下、レオナルドと二人で並んで歩く武は二人の間に漂う少しだけ重たい空気に懸命に思考を回転させていた。
「…あのさ、レオとエミィって双子の姉弟なんだよな?」
「……そうだけど」
長い沈黙の後、武の言葉に短いレオナルドの返事が返る。
一応返事は返ってきたものの、あからさまに不機嫌さが現れている声音。“だったら何?”とでも言いたげなつっけんどんな返事。
“うわぁ…会話が続かない。つーかレオって、出会った時からそうだったけど、レオに嫌わてるのかな?”
武がそう感じてしまうのも仕方名のないことだろう。
レオナルドと双子の姉エミィとは登校初日に屋上で会って以来、同じ倶楽部メンバーという事もあり時々昼食などを一緒にする機会もあるのだが、レオナルドが普段から武に向けるまなざしはどこか警戒するようなそれなのだ。
1つ、ただ嫌われているだけではないようなと思うのは、特にエミィが自分にちょっかいを出す時だけは普段の必要以上に自分から関わってこないレオナルドが、取り乱したようにしてうろたえる点だ。
武自身の事を嫌っているのであればエミィの武に対する言動だけ特別に取り乱したりする事もないだろう。
クラスが違う為、レオナルドが他の学生に対してどんな風に接しているのか知らない以上、自分だけが嫌われていて、そういう態度を取られているのだと断定する事もできないのだが、それでも珈琲苦楽部のメンバーといる時は少なくとも自分だけちょっと警戒されているのはきっと気のせいではないはずだ。
クラスメイトの男子たちともなじみ、そんな仲間達と休み時間に他愛もない話をしたり、バスケなどを楽しむ機会も増えた武だが、気さくに声を掛けてくれるクラスメイトの男子たちとは違い、レオナルドはどこか独特の雰囲気がある生徒で、武は未だにレオナルドの事が掴めずにいた。
その上でのこの二人きりのシチュエーション。どう切り抜けていいのか手探りになってしまうのは致し方ない事ではある。
けれどレオナルドはこれから一緒に活動していく倶楽部の大切な仲間でもあるのだ。どうしてもこのまま彼の事を何もわからないままでいるのは嫌だ、何かしら打ち解ける術はないものか?武の心の中をそんな思いがぐるぐると回っていた。
「…あ、そういえば、さっきセラードと倶楽部の結成届けを出しに言ったんだけど…」
そう切り出して武はちらりとレオナルドの顔を伺う。その表情は変わらず、ただ淡々と前を見ているだけで返って来る返事も相槌もなかったが、武は言葉を続けた。
「ほら、あの結成届け、提出前にもう一度抜けや間違いがないか確認した時に倶楽部の字が違う事に気が付いたんだ」
どうせ無反応なのは分かっていたが、それでも武はカラッとした笑顔をレオナルドに向ける。
が、そこにあるレオナルドの顔は今までの何の興味もなさそうな表情とは違い、少しだけ困ったようなそれだった。
“うーん、これってもう話しかけてくるなって意味か?それともオレの言ってる意味が分からずに出てる表情?ま、我慢ならなくなったなら、そん時は話しかけてくるなって言って来るだろ”そう判断して武はまた話しの続きを語り出す。
「ほら、クラブって字は漢字で表記するとこうだろ?」
武は空中に指で『倶楽部』の文字を書いてみせる。
「…うん」
“返事返ってきた!”
嬉しさと驚きに思わず声を失いそうになった武だが、ここで自分が驚いていてはせっかくレオナルドと打ち解けられそうになってるチャンスをみすみす逃す事になる。
武は興奮する気持ちを抑え平静を装って言葉を続けた。
「それがさ、こう…言う字が、書いてあって…」
次に武が書いた字は『苦楽部』という字だった。
「すぐセラードに、“この結成届け、字が間違ってるんじゃないか?”って聞いたんだけど、それがセラード、紙を見るなり“あってるよ♪”っていつもの調子で返事返してきて。だけどオレだけは納得できなくて眉間にしわ寄せてたら、クスクス笑いながらセラードがその意味を教えてくれたんだよ。“あえてこの字を『コーヒークラブ』の字に当てたのは、ほろ苦く楽しい青春を謳歌する為に結成した『倶楽部』だからって。それ聞いた時、”あーなるほどな!って、あんなに違和感あった気持ちが何かストンと腑に落ちてさ」
「ほろ苦く、楽しい青春…」
そう返ってきたレオナルドの声はどこか冷たく憂いを帯びていて、武は言葉を失ってしまった。
そうして、ただ見つめるレオナルドの横顔はどこか切なく、きゅっときつくかみ締められる唇は武の心をも不安にさせる。
“武の望んだもの”ではなかったにしろ、何かしらレオナルドの心に武の言葉が響いたのは確かだ、武自身もそう手ごたえは感じた。けれど…
“オレの推測でしかないけど…もしかしたらレオ、何か悩みでも抱え込んでんの…かな…”
それが何なのか気になる。もしそれを知れたらレオナルドが自分を毛嫌いする原因も分かるような気がするし、もしかしたら力になれることなのかもしれない。それに、一気にレオとの距離も縮まるチャンスかもしれない。けれど、焦る気持ちと一緒に湧き出るのは下手にレオの心に踏み込みたくないという思いだ。
たとえ今すぐに仲良くなれないとしても、徐徐にその距離を縮めていければいい。いつかレオナルドが自分の事を受け入れてくれる日が、自分から抱え込む物が何なのか打ち明けてくれる日がくれば、それでいい。武はフルフルと首を横に振ると“何か悩んでたりする?”と喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
セラードが『珈琲苦楽部』という倶楽部名に込めた思いのように自分達が今過ごしている学生時代は一度しかないほろ苦く楽しい青春なのだから――。

***

「おーっ、やっと帰って来たね~♪」
さほど大きくはないが、家庭科室からもらい受けた食器棚を抱えてゆっくりと前進するレオナルドと武の姿を廊下の先に見つけてセラードがそう声を上げる。
「まったく、待ちくたびれましたわ」
腰に手を当てて口を尖らせるシャーロットはその容姿に似合わぬ雑巾を手にしていた。
武たちが食器棚を取りに行っている間に他の女子たちと協力して部屋の清掃をしていたのだろう。
ここ数日、顔を出せるメンバーがそれぞれ少しずつ放課後の時間を使い、使われていなかった荷物を運び出したり、必要物資を運び込んだりはしていたが、今日は特に人数が揃っていたので大掛かりな作業が出来たようだ。
先程まであったスワーナの姿だけが見当たらなかったが、もう軽音部の方に向かったのだろう。
「武、レオお疲れ様」
教室の中では梱包剤を外し食器を出していたエミィがそうねぎらいの声を掛けてくれる。
「あーこっちこっち、ここに置いてもらえる?」
てきぱきと運び込んだ資材を所定の場所に並べながらその手を休める事無くカフアが武とレオに指示を出す。
「よし、ここに降ろしてっと…。お疲れ様、レオ」
食器棚をカフアの指示する場所にゆっくりと降ろし、一作業終えた武は1つ大きく息を吐いてレオにそう声を掛けた。
「別に、これくらいで疲れてはない」
やっぱりつれない返事。武は思わず苦笑いを浮かべたが、それでも今のレオの顔からは先ほどの憂いが消えていてその事に少しだけ安堵を覚えた。
「エミィ、出した食器を武たちが運んでくれた棚に仕舞っていきましょう」
「カフアちゃん、こっちも片付いたから私も手伝う~」
「私も、言われた通りテーブルはピカピカに磨き上げましたわ」
カフアの言葉にセラードとシャーロットもかけ寄ってくる。
「ありがとう、助かるわ。ああそうだ、武とレオはゆっくりしてて、大仕事頼んじゃったし二人はしばらく休憩ね」
「ああ、そうさせてもらう」
武はカフアに勧められ、並べられたばかりの椅子にどっかりと腰を下ろしたが、レオはスタスタと教室の出入り口に向かって歩き出した。
「少し、外の空気吸ってくる…」
様子を見にいかなくていいだろうか?何となく不安になって追いかけようとした武の手をすっと伸びてきた手が止める。
振り返るとエミィが反対の手を口元に当ててそっと微笑んでいた。
「レオなら大丈夫」
“エミィがそういうなら…”
その方がいい気がして、武は立ち上がろうと浮き上がらせていた腰をもう一度椅子へと沈めた。


ToBeContinued…
 

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