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私立 菊陽高校珈琲苦楽部  20201025加筆修正
 
・・三杯目 コミュニケーションと珈琲・・

私立 菊陽高校珈琲苦楽部
三杯目 コミュニケーションと珈琲
「じゃあ、オレはこのまま職員室に行って先生に挨拶してくるからここで。まあ後で!」
武、の格好をしているものの中身はカフアは校舎の正面玄関でそう告げると、生徒用の靴箱がある出入り口とは反対の方向にかけ出す。
「うん、また後で!…ってあれ?カフアちゃん付いて行かなくていいのー?武君初登校日だけど職員室の場所分かるのかなぁ?」
もちろん、外見は武だが中身はカフアだから心配はない。が、それは武とカフアだけしか知らない事実だ。
「だ、大丈夫だと思うよ。入学前に一度は学校に顔出してるし、通学途中にも職員室の場所は教えておいたから」
こくんと首を傾げたセラードに外見はカフア姿の武が苦笑いを浮かべながらそう答えた。
「私達も急がないと、遅刻する」
「あっ、そうだね」
二人を追い抜くように歩き出したスワーナにカフアの外見をした武も続くように足を進めた。
「じゃあ私達はここで。また休み時間にゆっくり話そうねー」
たどり着いた1年生の教室が並ぶ廊下で、朝礼を告げるチャイムの音に教室の中へと吸い込まれていく生徒達の波に乗るようにしてセラードはスワーナに手を振る。
「あ、スーリー!バンドの話もまたゆっくり聞かせてね」
カフアの印象を悪くしてはいけないと中身の武が思い出したように声を掛けて手を振るとスワーナは少し驚いたように一瞬目を見開いたが、バンドに興味を持ってくれたカフア―正確には武なのだが―の言葉がよほど嬉しかったらしく、大きく頷いて隣の教室に駆け込んでいった。
それを見届けてからセラードとカフアの姿をした武も教室へと入る。
「カフアちゃん、セラードちゃん、おはよー」
カフアもセラードもここ1週間でクラスメイトとはかなり打ち解けたようだ。
男女共にあちこちからかかる声にセラードがするのを真似て手を振りながら武もおはようと返事を返す。
「そういえば今日のLHR(ロングホームルーム)って役員決めだったよねー。カフアちゃんはやっぱり…」
セラードは―もちろん中身が武などとは微塵も思っていないので一度そこで言葉を切ると―ぐっとカフア姿の武の耳元に顔を寄せて言葉を続ける。
「武君と一緒にクラス委員に立候補するんだよね!」
「え、クラス委員!?」

突然女子高生に急接近された驚きと、またしてもつかめない話に思わず顔が高揚するほど心拍数が急加速するカフア、の姿をした武にセラードが眉を寄せる。
女子同士のボディタッチなんて年頃の女の子にとっては日常の中にはよくある一コマでしかなくて、振った話も日頃から二人がしているものだったのに、カフアのこの慌てふためいた反応にはセラードもやはり不審感を持ったのだろう。
「んー、今日のカフアちゃんやっぱりちょっと変かもー?熱でもある?カフアちゃん、武君が来たら一緒にクラス委員に立候補するんだーってあんなに張り切って言ってたのに…忘れちゃった?」
“ああそういう話になってたのか、それについては聞いてなかったなぁ”と心の中で納得しながらも“クラス委員なんて大役に立候補する話を勝手に進めてたのか!?”とは思わなかったのは武の性格上だろう。
元々どちらかといえば積極的な方だし、人と話すのも嫌いじゃない。もちろん、クラス委員として必要とされる素質『人に頼りにされる事』も、本人は無自覚だが十分ある方だ。
留学先でもクラスメイトから推薦されてクラス委員を務めた経験はあったし、今回もむしろその経験が生かせるいい機会かも知れない。
そんな風に考えれば武にとっては幼馴染のカフアにそれだけ見込まれているという事はむしろ嬉しいくらいだった。
話がつかめればあとは特に驚くこともない。女子同士の会話にきっとこれからも登場してくるだろう突然のボディタッチの方は、慣れるほか解消法はないだろう。
「あ、そうだったよね。ごめんごめん!やっと学校に慣れてきた頃でちょっとボーっとしてたみたい」
女子がよくやっているような自分の髪を触る仕草も必死に思い出しながらカフアの長いツインテールの髪に武は指を通してみる。
「そっか、それならいいんだけど。確かにやっと入学から1週間だもんねー私達。武君は今日が初日だからきっと私達よりもっと大変だよねー。色々サポートしてあげないと」
どうやらぎこちないながらも女子生徒を演じる武の努力にセラードの不審感は拭えたらしい。
「そ、そうだね」
とほっと安堵して答えながらも“中身はカフアだからむしろ向こうの方が大丈夫だろうな”と武は心の中だけで呟いた。
セラードとカフアの姿をした武が席に着いた時、教室の前の扉が開いて担任の教師が武の姿をしたカフアを連れて入ってきた。
1週間程度の遅れとはいえ新入生の登場に教室の中が少しざわつく。
「皆さんおはよう、早速新しい友達の事が気になっているようだが、まずは朝の挨拶を済ませてしまおうか」
スーツ姿で現れた中年の担当教師はパンパンと手を叩いてざわついた教室の雰囲気を一掃すると慣れた様子で日直に視線を送り、それを受けた日直係りの生徒から号令が掛けられた。
挨拶を終え生徒達が席に着くと担任教諭は早速黒板に武の名前を書き出す。
「今日からこのクラスの一員になる東茶屋武君だ。君からもみんなに挨拶をしてもらおうかな」
にこにこと微笑みながら振り返った教師に
「はい」
と短く答えて武の姿をしたカフアは教室のクラスメイトに向き直る。
「皆さん初めまして、東茶屋武です。父の仕事の関係で小学校3年生の時から海外に住んでいましたがこの度日本の高校に通うことになり先日帰国しました。皆さんより1週間遅い入学となりましたが海外での生活が長かったので、日本での生活や学校でもまだ色々と戸惑うことがあるかもしれません。そんな時は力になってもらえると助かります。どうぞよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる武―の中のカフア―の挨拶に教室内の生徒達から拍手が起こる。
「武君ってしっかりしてるよねー。カフアちゃん心配してたけど、あれなら友達もすぐに出来そうだよー」
「そ、そうだね」
“そういえばカフアも昔から人懐っこい性格で誰とでもすぐに打ち解けてしまうヤツだったな”と武の中の古い記憶が蘇る。
セラードの“カフアが心配してた”という話はちょっと意外だったが、彼女なりに1週間遅れて入学する自分の事を心配してくれていたのだという事実はくすぐったいようで、だけど素直に嬉しかった。
「じゃあ席は…カフア君の隣に」
「はい、先生」
教師に指示された通り、カフアの本来の席である場所から左隣にあたる席に着く武―中身がカフアなのだが―をカフアの中身の武がちらりと見上げれば特に不安そうな様子もなくすっかり自分、つまりは武を演じきっているように見える。
カフアの落ち着いた対応に武の方も、自分達が入れ替わった原因はまだはっきりしていないが、それでも今の状況も何とか乗り切ってはいけそうだなという安心感が自然と生まれてくるような気持ちになれた。
「武君、席近くて良かったよねー。カフアちゃんね、この前先生に自分は幼馴染だから武君も困ったこととかあったら頼りやすいだろうし、ぜひ近くの席にって言ってたんだー。先生もそれ配慮してくれたみたい」
ちょうどカフアの姿をした武が今座っている席の右隣になるセラードが今は中身がカフアの武にそう話しかける。
“そうなのか?”とカフアの姿をした武も左隣に座る武の姿をしたカフアに視線を向ければ自分の顔が赤く染まっているのが目に入った。
どうやら照れているようだが、今の姿では変にセラードを止めるわけにも行かないのでこういう反応になったのだろう。
「ま、まぁ武とは幼馴染だし、ね」
カフアの心遣いには確かにありがたいし、ここは自分が助けるべきか、とカフアの格好をした武が代わりにフォローを入れてみる。
「よーし、それじゃあ新しいクラスメイトの紹介も無事終わった事だし、出席を確認して朝のHR始めるぞー」
加えて担任の声が掛かったおかげでセラードのおしゃべりも打ち切りとなり、3人は学業モードへと気持ちを切り替え、黒板へと向き直った。
「い、言っとくけど、深い意味はないんだからね!」
セラードが前を向いたのを横目で確認してから、一瞬ぐっと体を近づけて、武にだけ聞こえるようにそう呟いたカフアの声に“はいはい”と応える代わりに小さく頷いて、武もHRを始めた教師の言葉に意識を集中させた。


ToBeContinued…
 

original author 竹之下ユリス

Novelist is nakota's

illustration by 竹之下ユリス

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