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私立 菊陽高校珈琲苦楽部
八杯目 体育と珈琲


昼休み後、校内の掃除を迎えていた武はカフア、セラードと共に担当である自分達の教室の掃除を行っていた――。
「えっと、午後からの授業はー・・・」
「体育だよ、カフアちゃん」
教室の前方、黒板の横に貼り付けられた時間割に目を向けて一人ごちた武の声が聞こえたらしく、武が科目を見つける前に隣にいたセラードからそう答えが返って来た。
といっても、カフアの中身が武である今、セラードにはカフアが言った独り言に聞こえていたのだが。
「それよりカフアちゃん、今日は掃除張り切ってるんだね。でも机二つも軽々しく持ち上げちゃうなんて、気合入りすぎだよ~」
クスクスと笑いを漏らすセラードに、はっと武がカフアを見れば―といってもこちらは武の格好をしたカフアなのだが―“私はそんな怪力じゃない”とでも言いたげな目で冷ややかな視線を送っている。
「あ、やだ私ったら。これ重なってたんだねー。どうりで重いと思ったー」
あははーっと乾いた笑いでごまかしながら武は持っていた机を一つずつにバラして、掃除の為に移動してあったそれを元の場所に戻していく。
「それより午後の授業、女子はバレーで男子はバスケらしい」
「じゃあ男女とも授業は体育館だね。武君の活躍応援しちゃお~」
武の行動にフォローの意味も込めてなのだろう、話に加わってきたカフアの言葉にセラードが嬉しそうに反応した。
「そういや体育は隣のクラスと合同授業だから、リントンとスワーナも一緒の授業になるよな」
「うん、そうだね。女子もバスケだったら早くもさっきの約束、武君VSスーリー&カフアちゃんの対決が見れたかもしれないのにね~」
武の口調を真似ながら武を演じるカフアの言葉に昼休みの話を思い出したのだろう、セラードがそう付け加える。
「ちょっと残念だけど、勝負はまた今度だね」
武も出来るだけカフアが自然に笑ったように見えるよう、笑顔を浮かべて返した。

***「カフアちゃん、早くしないと授業始まっちゃうよ~?」
カフア、つまりは中身の武の視線に今映っているのはレースの施された愛らしいキャミソールを一枚着ただけ、という何とも大胆なセラードの姿で…。
「そ、そうだね。早く着替えないとね」
慌てて視線を逸らす武の視界に今度はシンプルなタンクトップ姿のスワーナが飛び込んでくる。
「うっ」
「…何?」
武の視線に女の勘と言うやつだろうか?スワーナが困惑した表情を浮かべる。
「あ、いや、なんでもないの。ご、ごめんなさい」
「カフアちゃん、体調でも悪い?」
投げかけられた声に振り向けば脱ぎかけのブラウスの胸元からちら見えするのはリントンの胸の膨らみで…。
「だ、大丈夫。さっきちょっとお弁当食べ過ぎたかなーっ」
「そう?逆にお弁当が足りなかったんじゃない?ダイエット中だーって、カフアちゃんの最近のお弁当すごく小さかったし…」
「そ、そうね、じゃあそっちかも」
セラードの言葉にこくこくと頷く武にスワーナの疑わしげな視線と心配そうなリントンの視線までもが集中する。が、こんな所でカフアとの入れ代わりがバレるわけには絶対いかない武は必死だ。
何しろ今は更衣室で体育の授業のための着替え中なのだ。
周りは全員女子生徒だし、更衣室なのだから下着姿になる事も致し方ない事…とはいえ、クラスメイトの女子のほとんどのそれが嫌でも見えてしまう今のこの場所、この環境は健全なる男子高校生の武にとって、最高のラッキーのようにも見えるが、万が一にも見つかった時の状況を考えるとむしろ生きた心地のしない恐怖の時間でしかない。
“はぁ…悪気はないとはいえこの状況、視線のやり場に困るよなぁ…”

変に挙動不審な一面を見せつつも何とかカフアとして着替えを済ませた武とセラード達が体育館に向かうとすぐにカフア―といっても皆の視線に映るその姿は武なのだが―が走り寄ってくる。
「ちょっと武、更衣室では大丈夫だったでしょうね?」
皆に聞こえないようにそっと囁くカフアの声に内心ドキリとしつつも、武は出来るだけ平常心で答える。
「オレだって好きで女子更衣室にいたわけじゃない。それにそっちこそ大丈夫だったのか?」
武が視線を向ければ得意げにポーズを取るカフア。
「じゃーん、こっちはバッチリ。トイレよりハードル低かったし」
カフアの言葉通り、そこにはきちんと男子用の体操服を着た武の体があった。
ご丁寧に体操服の上着まできちんとズボンにインして優等生スタイルだ。
「ならいいけど、授業の方は大丈夫か?男子はバスケなんだろ?」
いくら室内での授業とはいえ女子生徒であるカフアが男子生徒と同じメニューをこなすのには体力がいるのではないだろうか?そう心配する武をよそにカフアは余裕の表情だった。
「忘れた?私こう見えても運動神経いいんだから。それにこの武の身長と体力があったら軽くスリーポイントとか狙えそう」
武の心配をよそにカフアはバスケを楽しむ気満々のようだ。
「ならいいけど、無茶するなよ。あと怪我にも気を付けろ。別にオレの体に傷の一つや二つ付くのは構わねーけど、お前が痛がってる姿とか見たくないからな」
「っ!…うん、あ、ありがと」
武が素直に心配してくれているのだと気付いたカフアの顔が赤くなる。といっても赤くなるのは武の頬なのだが。
「じゃ、そろそろ戻れよ。授業始まるだろ」
「ああ、うん。じゃあまた後でね」
二人はそこで会話を打ち切るとそれぞれのコートに向かった。

***

「おおーっ東茶屋ナイッシュー!」
聞こえる歓声に武の視線はつい男子生徒がバスケを楽しむ隣のコートに向けられる。
そこにはゴールを決めてチームメイトとハイタッチをするカフア―といっても外見は武なのだが―の姿がある。
「カフアちゃん、武君が心配?」
その声にはっと我に返った武が視線を戻すと心配そうに覗き込むリントンの顔がその視界に映った。
二人とも今は別のチームが試合中なのでコート脇に控えて応援タイム、のはずなのだが、バスケを楽しむ男子生徒達の中につい武の姿を追ってしまっていたのはカフアの姿をした武だけではなくリントンも同じだったらしい。最も、二人の入れ替わり事情を知らないリントンが気になっていたのは、武の中身のカフアではなく、純粋に武のようだが。
「すごいよね、武君のスリーポイントシュート。さっきもシュート決めてたし、ドリブルも何人も交わしてて。小さい頃、木登りを教えてくれた時も運動神経が良くてかっこいいなぁって思った記憶があるけど、そういうとこも昔と変わってないんだなぁって、改めて思っちゃった」
そういえばそんな事もあったっけ?とリントンの話に忘れかけていた懐かしい記憶をたどりながら武が頷く。
「そういうリントンこそ、武をよく見てるんだね。転校初日だからうまく馴染んでるか気になった?」
何気なく聞いたつもりだったのだがリントンの顔は耳まで真っ赤になってしまって。
「ご、ゴメン。オレ…じゃなくて私、何か余計な事言っちゃったかな?」
武が心配そうにリントンに視線を向けた時だった。
「カフアちゃん避けて!!」
いつものふわふわしたそれとは違う、セラードの張り詰めた声が耳に届く。
「えっ、何?」
振りこうとした武の頭にものすごい衝撃が走る。
「カフアちゃん!?」
どこか遠くにリントンの動揺したような声が聞こえる。けれどそれはどんどん遠のいて行って…。
武の意識はそこで途絶えた。


ToBeContinued…

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