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私立 菊陽高校珈琲苦楽部
 
・・一杯目.始まりの珈琲・・

季節は春。

満開の桜も散り始めた4月中旬――。

「行ってきまーす」

「車に気をつけるのよー」

玄関から返る母親の声を背に聞きながら玄関を出るのは真新しい制服に身を包んだ東茶屋 武。

父親の仕事の関係で長い事海外暮らしを送っていたが、この春日本に帰国し、地元『菊陽高校』への進学が決まった高校1年生だ。

今日はその登校初日。

父親の仕事の関係上、入学式から1週間遅れでの高校生活スタートとなったが小学校2年までは日本(こちら)で生活していたこと、その頃から付き合いがあった幼馴染が幾人か同じ高校に進学していることもあり、これから再び始まる日本での暮らしには高校生活も含めそれほど不安はなかった。

と、その時だった。

「武!」

武の背に懐かしい声が届く。

振り返った先にあったのは幼い日の面影を残しながらも記憶の中よりも少しだけ大人の女性に近づいた幼馴染、カフア・C・スイスウォーター、通称カフアの姿だった。

ツインテールにまとめられた長い髪に、ちょっと短めのスカートはいまどきの女子高生らしい。

ルビー色のキラキラした瞳は振り返った武の姿に嬉しそうに細められる。

「お帰り!今日から学校登校だって聞いたから迎えに来ちゃった。まぁ武は大丈夫だろうけど、登校日初日から道に迷って遅刻なんてやっちゃったら恥ずかしいじゃない?」

武のもとへ駆け寄ってくるとカフアは武の隣に並んで歩き出しながらそう話した。

もちろん今述べた事も理由の一つではあるのだが、本当は8年ぶりに会う武に一刻も早く会いたかった、というのはまだ伝えられていないカフアの胸の内にある想いだ。

「そりゃどうも」

そしてこちらも、そんなカフアの気持ちにはまだ気付いていない武があっさりとそう返事を返す。

「メールでは時々連絡取り合ってたけどさ、こうやって直接会うとやっぱ違うよね!そういえば武、身長も伸びたね。最後に会った時は目線私と同じくらいだったのに。今何cmあるの?」

自分よりもだいぶ高い位置にある武の顔を見上げてカフアが尋ねる。

「んー、この前測った時は176cmだったかな?」

「うわーっ私より30cmも高い!」

感心したように言うカフアに武は笑って返す。

「そりゃ小学生の頃に比べたら身長だって伸びるさ。こうして会うのも8年ぶりだしな。それにカフアだっておてんばっぷりが少し抜けて?ずいぶんと女の子らしくなったみたいだな」

「っ!お、おてんばっていうのは余計!」

久しぶりに再会した幼馴染との弾む会話にポンッとカフアが武の肩口を叩いた時だった。

「おっ」

「あれっ?」

武とカフアは目の前の視界がグニャリと歪んで立ちくらみを覚える。

それはほんの一瞬の出来事だったのだが――

「悪い、ちょっと立ちくらみがして」

「あっ私も」

互いにそう声を掛けあった二人は、しかし視線を上げた先に見える相手が今まで自分たちの視界に映っていた人物ではなく自分自身の姿である事に気が付いた。

「ごめん、時差ぼけが抜けてないのかな。ちょっと目も調子悪いみたいだ」

「う、ううん、私も何か違うものが見えた気がして…寝不足かな」

ごしごしと目をこすった二人はもう一度目の前にあるはずの相手の姿を探したのだが…

「こ、これって…」

武がごくりとつばを飲む。

「やっぱり夢とかじゃなくて?」

カフアの顔からはサッと血の気が引いた。

「「ええーっ!?」」

次の瞬間、二人は同時に叫んでいた。

そう、それは夢でも一瞬の見間違いでもなく、まぎれもない自分自身の姿。

 

***

「はぁ、どうするのよ?ていうか何が原因?」

「そんなの、分かってたらとっくに元に戻してる」

「うっ…そうよね」

突然自分たちの身に起きた異変に二人は大きなため息を落とす。

「一応確認で聞くけど、武…だよね?」

「中身はな。そういうお前もカフアだよな?」

「こっちも中身はね」

自分の容姿に向かってそう問いかけるのは何とも滑稽な気分だが今はしょうがない。

「オレたちなんでこうなっちゃったんだ?普通に会話してて、確かあの時カフアがオレの肩を小突いて…」

「ボディータッチ!」

叫ぶと同時に武の姿のカフアが、カフアの姿の武の肩口を小突いてみる。

「どう?」

「変化なし、みたいだな。なら逆で」

今度はカフアの姿の武が、武の姿のカフアの肩口に触れる。

けれど、あの時襲った立ちくらみは起きる様子もなく目の前にある互いの姿もそのままだった。

「やっぱりだめか」

武の言葉に二人はもう一度ため息を落とす。

「どうしよー。っていうかどうしたら元に戻れるんだろう?えーっと、王子様のキス、は眠ったお姫様にしか効果がないし、ガラスの靴を履いて…でもないか」

「おいおい、こんな時に何言ってんだよ?」

武の姿のまま頭を抱えておとぎの世界に答えを求めようとするカフアを意外にも冷静なカフアの姿をした武がそうたしなめる。

「そういう武こそ何でそんなに落ち着いてられるの?私達入れ替わっちゃったんだよ?ずっとこのままだったらどうしよう?お風呂は?トイレは?もう考えるだけで泣きそう」

その場にしゃがみこんでしまった武の姿をしたカフアにカフアの姿をした武は小さなため息を落とした。

「そりゃオレだって心配だけど、ここに座り込んでても何も解決できないだろ?それに、このままだとオレ、転校初日から遅刻になっちゃうんだけど?」

武はしゃがみこむカフア、つまり外見だけは自分の、左腕の腕時計を指差した。

「えっあ、もうこんな時間!っていうか武が遅刻なら私も遅刻じゃない!」

はっと我に返ったカフアが勢い良く立ち上がる。

「とにかく今は学校よ!」

切り替えが早いのは助かるが武はもう一つ、カフアに忠告するために先を急ごうとする中身はカフアのままの己の腕を掴んだ。

「その前に、俺たちの体が入れ変わってる事は多分俺たちしか知らない。だからこっから先、お前はオレに、オレはお前になりきること。そのなよなよした態度もナシな。何か自分がオカマみたいに見えてすげー切なかったから」

「ううっ私だってそんな口調でしゃべらないわよ。あとそんな蟹股で仁王立ちしないで」

カフアに指摘され武はやれやれと無意識に開いていた足を閉じる。

「はいはい。じゃ、後は歩きながら話そう。学校に着くまでの間に最低限お互いの情報交換をしといたがいいしな」

武に促され二人は再び歩き出した。 

 

 

 ToBeContinued…

original author 竹之下ユリス

Novelist is nakota's

illustration by 竹之下ユリス

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