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十九杯目 部室と珈琲3
「へー、ここからだと音楽室の音結構大きく聞こえるな」
部室で出たダンボールゴミをゴミ捨ての為の資材置き場に置きながら武は建物の上を見上げた。
「うん。ここは音楽室が近いし、今日は窓を開けて練習されているみたいだから」
そう答えてリントンも音楽室のある校舎を見上げた。
「あの武君、私もここで…」
少し気まずそうに俯きながらリントンがそう告げる。
遠慮しているのだろうか?と一瞬武は思ったが、武がカフアと入れ替わっている時、ばったりトイレで会ったリントンに「有馬財閥のご令嬢」と呼んでしまいリントンの顔色が曇った事をふと思い出した。
家の迎えが正門まで来ると言っていたが、きっとそれを武に見られたくないのだろう。
“もしかしたら、リントン自体は学校に居る間くらい他の子たちと同じように普通の高校生として生活したいって思ってるのかもな”
そう察して武は頷いた。
「そっか、ならオレは部室に戻ろうかな。リントンも気を付けて。また明日部活で」
「はい、また明日」
武の言葉に顔を上げると嬉しそうに微笑んでリントンは校門の方へと歩き出した。

***

「あっ武くんお帰りー」
シャーロットに2度目の注意を受けぬよう控えめに教室のドアを開けて武は部室へと入った。
シャーロットは相変わらず窓辺で聞こえてくる音楽に耳を傾けていたが、セラードは場所を移動して簡易テーブルにノートを広げ電卓を叩いていた。
「荷物の整理は?」
「無事終わったよ~♪それで今、仕入れの原価計算とかしてたトコ。まだ収入がないからしばらくは部費で上手にやりくりしないとね~」
そう言いながらセラードは楽しそうに手元を動かしている。
おっとりふんわりというのがセラードの見た目の印象だが意外に色んな所が見えて、てきぱきとした一面もあるようで、結構な量残っていたように見えた荷物も武が席を外していたほんの僅かな時間にほぼ片付けられ、今こうして電卓を叩いている手もかなり慣れたものに見えた。
「そういえば、オリジナル珈琲を作るんだって?」
「あっリントンに聞いた?それもこの部の活動の一環なの♪」
「オリジナル珈琲が出来たら、それを売って活動費を稼ぐってわけか」
「うん、学校内の販売に限らず地域イベントや道の駅なんかの地域のお店にも置かせてもらって、学外の人にもこの部活の存在を知ってもらうの。せっかく立ち上げたのに、私たちだけの代で終わっちゃったら寂しいじゃない?」
確かに、武が部活に入った後も何度か部のメンバー募集のチラシをカフアと学内の掲示板に貼りに行った事があったが、自由度が高く生徒の意志を尊重してくれるこの学校では他の部活動のレベルも高く魅力的な事からなかなか部員の取得には繋がらなかった。
結果として初期に集まった一年生8人で運営を始める事になったわけだが、リントンのように家の事情があったり、カフアやスワーナのように部活動やバイトの掛け持ちで顔を出せない日があるメンバーもいて、まだ活動は本格的に動けていない状態だ。
それでも今日のように必要な資材を運び込んだり自分たちの部室を作り上げて行く工程は楽しかったし、武にとって充実感もあった。それに、ここが自分たちの場所になりつつあるのを見ていると、まるで秘密基地を持った子どものようにワクワクと嬉しくなる。
「あっそうだ~!武君に見て欲しいものがあったんだよね♪」
何か思い出したように電卓を叩く手を止めてセラードはカバンの横に添えてあった紙袋を手繰り寄せた。
「じゃーん!部活&バイト兼用『菊陽高校珈琲苦楽部』特製エプロンで~す♪」
そう言ってセラードが嬉しそうに広げたのはたっぷりのフリルがついたメイド風エプロンだった。
「エ、エプロン?」
突然の事に思わずそう返す武にセラードはこくこくと大きく頷く。
「部活と、バイトで使う為に手作りしたの~」
「へー、セラードの手作りか。ほんと器用なんだなー」
感心しながらも武の中にはある妄想が浮かび上がった。
“部活とバイトの兼用エプロン…ってことはカフアもこのエプロン…”
『いらっしゃいませ、菊陽高校オリジナルブレンドのコーヒー、ご試飲いかがですか?』
そう言いながらコーヒーサーバーを片手に振り返るカフアの姿を想像していた武の頭に冷静な声が割って入った。
「カフアはそのエプロン、きっと着ませんわよ」
さっと我に返り振り向いた先には武の頭の中を覗きでもしたかのように鋭いツッコみを入れつつ、冷ややかな視線を送っているシャーロットの姿があった。
「あれ?武君そんな事妄想してたんだ~」
セラードにまでふわりと、しかし的確にツッこまれ、武はごまかすように必至に首を横に振る。
「ま、まさか。カフアってそんなキャラじゃないだろ」
「本当にそう思ってるのかしら?鼻の下が思いっ切り伸びてましたけど」
それだけ言うとさっさと去っていくセラードに思わず背中をヒヤリと汗が流れる。
「残念だけど武君、シャーロットの言う通りカフアちゃんには断られちゃったの~。でも安心してね!また一緒に着ようよって声掛けてみるつもりだから。実物見たら気持ちも変わるかもしれないし、それにほら、文化祭とかで皆でこのエプロン着て呼びこみしたらお客さんたくさん来てくれそうでしょう?」
「それは…確かに」
リントンやエミィのエプロン姿までもがふと頭に浮かんで思わず紅くなってしまった頬はさすがに隠しようがないので武は素直に頷いた。
「まー皆が素直に着てくれるかどうかは別だけどね」
「ははっ…そう、だよな」
セラードが持ち上げておいてガクンと落とすのは悪気のない事だと分かっているが、心の妄想を粉々に砕かれて武は小さくため息を落とす。
開け放たれた窓からはかすかな音だがそれでも素人が聞いても上手さが分かるカフアの歌声が風に乗って武の耳にも届いていた――。


ToBeContinued…
 

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